ABOUT

concept

1,000年も前のアンコール王朝の頃から
脈々と母から子へ、孫へと受け継がれてきた自然治癒力を高める
クメールの伝統医療の文化と、まだ広く知られていない
ハーブをはじめとする太陽をたっぷり浴びた
カンボジアの自然の恵みをたくさんの人に伝えたい

credo

We are storyteller

温かい良質のプロダクツを通じ、カンボジアのいい所を伝え、お客様と生産者の良き架け橋となります。

We are creater

ただ製品を作るだけではない。私たちは、ワクワクする新しいマーケットも創り続けます。

We are dreamweave

生産者、従業員、お客様の様々な夢を紡ぐ。丁寧に、ゆっくり時間をかけて紡いで、素晴らしい完成品にする、そんな夢が叶っていく過程をつくります。

kru khmer story

クルクメールボタニカルは2009年夏、
カンボジア・世界遺産アンコールワットから5キロほどの片田舎で始まりました。
カンボジアの良いものを、多くの人に知ってもらいたい
この国の人々と文化を世界に誇れるものづくりをしたい
機会に恵まれない若者に仕事の機会を通じて人生かえるキッカケをつくりたい
多くの貧しい農家と協力して、新しい産業をつくりたい
そんな想いと共に始まったクルクメールプロジェクト。
代表の若い日本人女性と、
若いクメール人スタッフ3名で始まったプロジェクトは、2017年現在、28名になりました。
私たちの工房は、アンコールワットから車で15分!
直営店がシェムリアップの中心部オールドマーケットにあります。
ぜひ、遊びに来てくださいね。

クルクメールプロジェクトの物語

カンボジアを初めて訪れたのは2004年の秋でした。道路は舗装されてなく、数少ないバイクが通るたびに土ぼこりが舞う静かな観光 の街シェムリアップで、貧しさとは裏腹にキラキラした笑顔で幸せそうに暮らすカンボジアの人々にショックを受け、幸せとは何かを考え させられました。一方、貧困国に学校を建てるという、ある国際協力団体の活動を通じて【ボランティア活動だけでは事業は長続きしない】こと、そして【例え学校という箱を作り、教育に投資しても、親の仕事がなければ子供は学校には行けず、地域にお金がなければ学校は先生も雇えない】という現実にぶつかりました。 持続的に組織を継続すること、そして自分も仕事として、両足突っ込んでコミットして引っ張っていくことを強く意識しました。
 印象が強かったカンボジアに、仕事の機会を作りたい・・ そう漠然と思いカンボジアへ再渡来した2007年5月、NPO法人かものはし プロジェクトのコミュニティーファクトリーへ訪問させて頂きました。ファクトリーで働くワーカーの子たちの楽しそうに働いている姿や、家へ訪問した際 「これ、お給料で買った鶏なの、これで朝卵食べられるのよ」 と嬉しそうに語ってくれる彼女たちを見て勇気をもらい、 一層「私も自ら事業を起こし、このような光景を作りたい」と強く思ったのです。

カンボジアへ再び戻ってきたのは、2008年2月。パックに詰め込んだ荷物と、想いだけを持ってカンボジアで生活する外国人に話しをすることから始まりました。ぐちゃぐちゃな企画書と、未熟なオーラを振りまきながら。それでもカンボジアで出会った先輩方は、私を温かく迎えてくれ、そこで偶然仕事の機会を頂くことになり、カンボジアでの生活が始まったのです。
 カンボジアでの生活が始まって数ヶ月後のある日、出産したばかりの友人が「チュポン」と呼ばれる、カンボジアの薬草を使用したスチームサウナをしているところを目撃。実際に自分もやってみると、思った以上に汗が出てスッキリし、ハーブの香りになんと癒されたことか。しかも翌日、普段はなかなか起きられないのにとても目覚めのよい朝を迎えることができたのです。
 すっかり薬草効果に魅了された私は、調査を開始、よくよく調べてみると、カンボジアにはアンコール王朝をはじめとするクメール帝国時代より伝わる、クメール伝統医療というものが人々の生活に息づいていることがわかってきました。偶然にも近くに住んでいた、シェムリアップで有名な伝統医寮の療法士<クル・クメール>を訪問、50年のキャリアをもつ彼に伝統医療を学び・
 それから月日が流れ、2009年春、クルクメールブランドの第一弾、カンボジアの薬草ハーブ”タナム・クマエのチュポン”を応用した、日本でも気軽に使える入浴剤、後のバスティーの第一弾サンプルが完成しました。

登記のため、そして更に調査を進めるための首都プノンペンでの生活は、楽しいことだけではありませんでした。世界中どこでも大都市ほど治安が悪いと言いますが、カンボジアも例外ではありません。
 貧富の差が激しく、何千万円もする高級車が走っている横で、裸足でゴミ拾いをするストリートチルドレン。そんな彼らを虫けらのように扱う人たち。そんな光景を見るたびに、「当事者であるカンボジア人がこの問題を何も考えてないのに、私に一体何ができるのだろうか。」と自信を失う毎日。
 治安の悪い街独特のオーラを出すプノンペンでは、夜8時には大通り以外人通りが少なく、バイクでの帰り道に不審者に追いかけられることも。夜中、偶然目が覚めてキッチンで水を飲んでいると、自分が起きているにも関わらずベランダから泥棒に進入され、ちょうどベランダのすぐ近くで寝ていた友人の子は目が覚めると知らない男が横にたっていた、なんていう怖い事件も起きました。
 調査すればするほど、国産需要がないために経済と技術が発展しない、という悪循環に気が付きました。ある素材を探していたときのこと。カンボジア中を駆けずり回って探す私に、その原料をつくっているある農民の男性は言いました。
「買ってくれる人がいるなら、俺も努力するけどさ、結局は皆、安いからってタイ産買うでしょ。だから作らないんだよ。」
 隣国からの輸入に頼るカンボジアは、国産への需要がないために技術開発も進まず、国内産業の質や幅が停滞したままだという状況を感じました。カンボジアは農業の国。貧しい農民と業界がもっと活性化すれば、国全体が活性化するかもしれない。小さくてもいい、もしも私が需要の起爆剤になることができれば、彼らも品質向上の努力をして、技術も上がり、農民の収入アップと産業全体の活性化にも繋がるのではないか?そこから、このクルクメールプロジェクトの構想が生まれました。
 次にスタッフ探し。偶然知り合った元NGO職員に紹介され、シェムリアップから70キロ離れた村までリクルートに行くと、そこは農業以外に仕事がない貧しい村が。藁の家にご挨拶に行くもあいにくの不在で、言われるがまま悪路の中2キロ歩いて向かった田んぼ。出迎えてくれたのは、泥の混じった茶色の地下水を飲み、青いバナナを皮ごと食べる人たち。衝撃を覚えるも、自分のビションを話し、一緒に働かないか、夢を追わないかと説明しました。「そう言ってマレーシアに売り飛ばすんじゃないの?」と人身売買の仲介人だと言われ信用してもらえず、やむを得ずシェムリアップまで親子で工房参観してもらい、最終的に3名の若いカンボジア人に働いてもらうことになりました。
 最終的に4名になった、チーム・クルクメール。タイ産、ベトナム産が「カンボジアのお土産」として売られている現状を変えるべく、「カンボジアのお土産、スパ製品と言ったらクルクメール!カンボジアに来たからには買って帰らないと!と言ってもらえるカンボジアを代表するブランドになる」を目標に、2009年12月、ついに発売を開始、ここから、クルクメールプロジェクトの挑戦が始まったのです。

製品を販売開始するも、浮かび上がるのは問題だらけ。「製品の中に髪の毛らしきものが入っていた」「ラベルが全然納品されない、お客様への納期に間に合うのか?」「売れ残って廃棄がたくさん」「閑散期に仕事がない、スタッフの給料どうしよう」
 必死に続けるも自信を失う日々。もうダメかもしれない、自分には才能がないのかもしれない、このまま夢諦めて日本に帰ろうか、毎日毎日、考え悩み、独り涙が溢れる夜を過ごしました。そんな中、卸していたお店で出張接客中の私に向かって、お客様が言いました。「製品可愛いですね、とても好きです。お店は出さないのですか?ゆっくりお話聞けて、選べるお店があったらいいのに」と。「これが最後のチャンス、クルクメールの自慢の製品を、お客様ひとりひとりに説明できる場所が創りたい」そう意気込んだ私は、その4ヶ月後、タイ産ベトナム産に負けない、ホンモノのカンボジア産の素晴らしい製品を自信を持って販売する値段交渉で疲れたお客様が、ホッとできる安心な空間とサービスを提供する以上を目標に、2012年5月、オールドマーケットの一角に念願の直営店をオープンさせました。

直営店が軌道に乗った2014年、クルクメールプロジェクトの次の目標は
時間とお金を使ってカンボジアへやってきたお客様に、心から満足してもらえる一生残る想い出を提供したいカンボジア自慢の伝統ハーブのスチームサウナ、”タナム・クメールのチュポン”を試せる場所を創りたいクルクメールの誇れるスパ製品と、極上の施術、そして最高のサービスを、カンボジア伝統の心地よい空間で堪能できる場所を創りたい<、というものでした。
 カンボジアの伝統的な高床式の家や素焼きのタイルを活かしたデザイン、南国の緑の中にプライベート空間を贅沢に味わってもらえる独立ビラを建て、外の自然感あふれるデザインとは対称的に内部はシンプルでモダンなデザインにするなど、「自然x人工、伝統xモダン」をコンセプトに施設を設計、シェムリアップで新進的なカンボジア人デザイナーと共に1年かけて創りました。毎日現場に張り付いて工事の進捗を確認、職人さんたちと「あーでもないこーでもない」と言い合う日々は大変だったけれど、極上の空間を作る大切で楽しい時間でした。
 カンボジアの伝統マッサージを一から研究し開発するため、日本人のプロのトレーナーに参画してもらい、セラピストの教育まで一貫して行いました。字が読み書きできないレベルの低学歴・貧困層出身の子の教育は思った以上に大変で、半年も要したほど。シャイで顔をあげて挨拶ができないセラピストたちも、長く厳しい訓練を受け、今では世界に自慢できるプロに育ちました。
 そうして、構想5年、準備2年を経て、2015年4月念願のスパ、スパクメールが開業したのです。

クルクメールボタニカル社 代表

篠田 ちひろ

chihiro shinoda

 ハタチの時にカンボジアを初めて訪れてから13年が経過しました。「私は井の中の蛙、世界をもっと見たい知りたい」が合言葉だった当時の自分には、カンボジアは不思議の国でした。経済的な指標では貧しく、田舎に行けば農業以外に産業がないこの国で自分にできることはないだろうか、共に成長できるプラットフォームが作れないだろうかと強く想いました。一方で、精神面な指標では日本人より豊かに、楽しく、幸せに毎日を過ごしているカンボジア人の生活をもっと多くの人に知ってもらいたい、この国の素晴らしさを製品とサービスを通じて伝えたい、とも思ったのです。
 「カンボジアの印象が変わりました、好きになりました、いい旅でした」とお客様に喜んで頂けたとき、貧困・戦争・地雷ではないカンボジアの誇れる文化や伝統が日の目を見たとき、最初は自信がなく控えめだったスタッフが内側からあふれる自信を得て笑顔で挨拶し、成果を出せるようになった姿を見たとき、やっと、クルクメールプロジェクトも一歩を踏み出し、小さな、でも素晴らしい成果を出せたのだと感じます。
 2009年に当時25歳だった私が独りで始めたプロジェクトも、今では同じ志を持つ仲間にも恵まれました。これから先も、高品質で心温まる製品とサービスを通じて、一人でも多くの方と関わり、人生の楽しいワンピースを共有したいと思います。
 クルクメールプロジェクトを、これからも宜しくお願いいたします。